大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(う)794号 判決

被告人 高畑昇

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人及び被告人の控訴趣意中各量刑不当を主張する部分を除くその余の控訴趣意について。

論旨は他から譲り受けた外貨買取済証明書による輸出、即ちいわゆる枠積み輸出の適法性については、積極、消極の両論があるが、外貨買取済証明書は輸出貨物代金が前受の形式で既に受領されていることを証明する文書であつて、右証明書の譲渡に関しては何らこれを禁止する規定はなく、かつ同証明書の裏面には認証金額、未認証残額等の欄があるから、他の者が右証明書を譲り受けて使用しても同一の外貨が二重に使用される恐れはなく、しかも外貨買取済証明書中の買主名、仕向地、商品名等の記載は、同証明書を発行した銀行限りにおいてこれを訂正できるのであるから、既に輸出貨物代金の前受として外貨が送金され、国の外貨特別勘定に集中された以上、その後において他の者がその外貨買取済証明書を譲り受け、これを使用して他の貨物を輸出したとしても、その代金は既に受領済であつて、国としては何ら損失を来すものではなく、標準決済方法による決済がなされたことには変りはない筈である。然るに原判決が本件外貨買取済証明書におけるフエザーコムス社から送金されたアメリカ合衆国通貨は、婦人用髪止めの前受代金として送金されたものであつて、被告人らの認証にかかる本件各輸出貨物に対する代金たる性質を有しておらず、本件輸出貨物に対する代金の決済はいわゆる代金前受の標準決済方法によつて行われたものとは認められないとして、被告人らについて虚偽公文書作成罪の成立を認めたのは、標準決済方法に関する規則の解釈を誤つたものである。しかして被告人は右の如く他人から買い受けた外貨買取済証明書による輸出も適法なものであると信じ、従つて本件の場合も標準決済方法により代金の決済がなされたものであるとの確信の下にその認証をしたものであるから、たとえ被告人の右の解釈が誤りであつたとしても、被告人には違法の認識がなかつたものであるにもかかわらず、原判決が被告人に違法の認識があつたとして有罪の判決をしたのは事実を誤認したものである。更に右の如く他から貰い受けた外貨買取済証明書による輸出について、合法、非合法の両論の生ずる原因は法の不備にあり、現在においてはこれを違法と断定する有権的な論拠も存在しないのであるから、被告人の行為を有罪とした原判決は罪刑法定主義の原則に反し憲法違反の疑があるというのである。

しかし、外国為替公認銀行による輸出認証の制度は、当該輸出貨物の代金の決済が標準決済方法によつて行われているかどうか、又標準決済方法によらないで貨物を輸出しようとする場合には、通商産業大臣の承認を受けた方法によつて代金の決済が行われているかどうかを外国為替公認銀行をして確認せしめ、もつて当該貨物の輸出代金の回収を確保しようとするものであつて、本件の如く外貨買取済証明書にもとずいて銀行が認証をする場合には、銀行は右証明書の記載事項と輸出申告書記載の認証事項とを対照して、それが合致していることを確認した上輸出の認証を行うべきもの(昭和三十年六月十四日付通第二一三四号輸出注意事項第三十五号通達「外貨買取済証明書の様式および取扱要領について」参照)であるから、原判決も説明しているように、たとえ何びとかが他の輸出貨物代金の前受として輸出申告書記載の貨物の代金額に相当する外貨を外国から受領している事実があつても、それが輸出の認証を受けようとする当該貨物の代金たる性質を有しないときは、それによつて当該貨物の代金の支払が既になされたものとして輸出認証をなすべきものではない。なるほど外貨買取済証明書の売買譲渡を禁止した特別の規定はないけれども、元来わが国が輸出について現在のような標準決済方法を定め、かつ外国為替公認銀行をしてこれを認証させることとしたのは、さきにも述べたように輸出しようとする当該貨物の代金が確実に回収されることを確保しようとするものであつて、単にその代金額に相当する外貨が何らかの輸出貨物代金として現実に外国から受領されておれば、その外貨の枠内では何びとが如何なる輸出をしてもよいというものではなく、従つて外貨買取済証明書を他から買い受けその外貨の枠を利用してなされるという弁護人のいわゆる枠積み輸出は、標準決済方法による適法な輸出とは認められないことは、輸出貿易管理令第三条、輸出貿易管理規則第四条、標準決済方法に関する規則第三条附表第一―(二)(なお同―(一))がいずれも当該貨物の代金とか或いは当該貨物に対する支払云々と規定していることに徴しても明らかであつて、このことは又外貨買取済証明書には輸出の明細として(イ)買主名及び住所(ロ)輸出者名及び住所(ハ)仕向地、商品名、金額、船積予定日等を記載せしめ、かつ右(イ)及び(ハ)の記載事項につき事後訂正変更の必要を生じた場合には、右証明書の発行銀行に申請し、銀行は関係書類を確認してそれがやむをえないと認められるものに限つてその訂正変更をなしうるものとされていること(前記輸出注意事項第三十五号通達)から見ても容易に知ることができるものといわなければならない。ひるがえつて本件についてこれを見ると、原判決拠示の証拠によれば、本件において輸出申告書に添付して提出された外貨買取済証明書はいずれもニューヨークのフエザーコムス社より神戸市在住のロイ・スミス宛てに同人が右会社に輸出すべき未完成婦人用髪止めの前受代金として送金された外貨に関するものであつて、輸出申告書に記載の貨物に対する代金に関するものではなく、しかして被告人は右の事情を熟知しながら外貨買取済証明書の記載を訂正あるいは書きかえて原判示のようにそれぞれ輸出の認証をしたものであることが明らかであるから、被告人はその職務に関し行使の目的をもつて内容虚偽の公文書を作成したものであることは論をまたない所であつて、原判決は何ら標準決済方法に関する規則その他法令の解釈を誤つたものではない。次に所論は前記の如きいわゆる枠積み輸出が仮りに違法なものであるとしても、被告人はこれを適法であると確信していたのであるから被告人には違法の認識がなく、無罪たるべきものであるというが、原判決挙示の証拠によつて認められる被告人の職歴、被告人らが本件の各外貨買取済証明書の記載を訂正し又は書きかえた経緯等に徴すると、被告人は原判決の各認証が事実に反するものであることを十分知悉しており、その犯意において何ら欠ける所はないのみならず、被告人において右の如きいわゆる枠積み輸出が違法であることを知らなかつたとの弁解も容易に信用しがたい。原判決にはこの点につき何ら事実の誤認はない。更に弁護人はいわゆる枠積み輸出を違法と断定すべき明らかな根拠もないのに、これを適法なりと信じた被告人を有罪とするのは罪刑法定主義の原則に反するというが、たとえ被告人において法令の解釈を誤り、あるいは被告人独自の解釈の下に、違法な行為をもつて適法なものと考え、自己の行為が犯罪を構成しないものと信じていたとしても、法令の正当な解釈に従えばその行為は違法であり、かつ被告人の事実の認識において欠ける所がない以上、犯罪を構成することは勿論であつて、これに対して有罪の認定をしたからといつて何ら罪刑法定主義の原則に反することはなく、憲法の規定に反するものではない。結局論旨はすべて理由がない。

弁護人及び被告人の控訴趣意中量刑不当の主張について。

本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、本件犯行の動機、態様、特に被告人は外国為替公認銀行であるアメリカ銀行神戸支店の輸出認証係主任者として責任のある地位にありながら、その職責を自覚せず外貨買取済証明書の売買を斡旋し虚偽の認証をして数十万円の不正の利益を取得していることその他諸般の情状を考慮すると、所論の諸点を斟酌しても原審の量刑は必ずしも不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 奥戸新三 石合茂四郎 柳田俊雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例